愛の心

 

 

昔ね、玄関先に陶器の鉢を置いてて、その中でメダカを飼ってたの。

最初は何匹かしかいなかったんだけど、どんどん増えていって60匹くらいになってたのね。

それで、夏のすごく暑くなった日に、外は40度くらいになってたんだけど、気付かずにそのまま置いてたの。

後から覗いてみた時、白いのがたくさん浮いてて、何かなぁって思ったら、死んだメダカが釜揚げシラスみたいになってたー。

鉢の中の水が暑さで熱湯になってたみたい!

 

 

職場の先輩は私に楽しそうに話を聞かせた

私は大袈裟に笑ってみせた

満足した顔で先輩は

この話するとみんな笑うのよ。おもしろすぎーってみんな言うの。

と言った

 

 

 

 

夏休みの自由研究のため、おばあちゃんの家の近くの川からメダカをすくってきて飼っていた小学生の時のことを思い出した

すくってきた何匹かを小さな水槽に入れて、嬉しくてずっと眺めていた

数日すると、1匹のメダカのお腹にたくさんの卵がくっついていた

たまごができてる!たまごができてる!

私は姉と一緒に飛び跳ねた

卵はすぐに孵化し、小さな小さな赤ちゃんメダカが生まれた

次の日の朝、早く赤ちゃんメダカを見ようとわくわくしながら水槽を覗くと、そこには大人のメダカだけが残されていた

なんで?と私は言った

母と姉が泣いていた

赤ちゃんメダカ、大人のメダカに食べられちゃったんだって。

残ったメダカは川に放しに行ったのだった

 

 

 

そんな記憶をぼんやりと思い返した

夕食の時母に先輩の話を聞かせると、ひどい人だと腹を立てた

同じようにあの夏のことを思い出したようだった

 

 

この魚、骨が多くて食べにくい

と夕食のイワシを食べながら私は言った

頭を切り落とした状態で5匹で198円で売ってたの。今日は安かったのよ、と母が言った

 

 

 

 

友人と旅行と第二の故郷

 

 

18年間生まれ育った小さな故郷を出た後、進学で私は有名な温泉地のある県に引っ越した

決して都会ではないけれど住むのに不自由はしない。初めて暮らす場所だったけどそこにはなぜか懐かしさが漂っていた

 

4年間そこで暮らした

最初の方はきちんと人見知りを発揮したけれど、それでもたくさんの人たちと関わった

 

会ったら当たり障りのない会話をするだけの友人

バイト仲間の悪友

あんまり尊敬できない先輩

母国のことを教えてくれた海外留学生

見かけるたび目で追ってしまった顔がタイプすぎるバスケ部の上級生

初デートの相手

2度と目も合わせなくなった人

 

思い返せばたくさんの人がいたな

 

人生やり直せるスイッチがあったらきっと私はそれを押そうとするだろう

中学生くらいに戻って何もかもやり直すんだ

それでもそれを踏みとどまらせるものがあるとするならあの4年間でできた私の友人の存在だ

人生やり直して彼女に会えなくなるのなら人生やり直さなくていい

そう思わせてくれるくらい大切な

私の一番大切な友達

 

大学の部活に入部した時私たちは出会った

初めてその子を見た時、わぁ初めて会った気がしない。必ず仲良くなれる気がする。

そんな不思議な感覚に包まれた

 

あの子のことを名前で呼び始めることになんの照れも違和感もなかった

仲良くなるほど、今まで生きてきた時間ずっとこの子のことを知らなかったんだ。ずっと同じ時間を、別の場所で、それぞれ生きてきたんだ。そう思うとなんだか嬉しいような切ないような、何だかよくわからない気持ちが芽生えて少し泣いた

でももっと早く出会いたかったと思った

 

私たちは容姿も少し似ていた

初めからじゃない

一緒にいるうちに似ていった

温泉で会ったおばちゃんに、姉妹ですか、と聞かれていいえちがいます、と言った

 

彼女は人のために生きれるような人だった

とても気が利いていて、他人が困っていたら最後まで助けられる人だった

こんな人と結婚できる男の人は幸せだなと思った

彼女が2年付き合った彼氏と別れ、忘れられずに苦しんでいる姿を見るのは苦しかった

あなたみたいな男の人がいたら好きになるのに。

と彼女は私に言った

 

大学を卒業し、離れ離れになってからも、お互いの休みが合う日には会って話をした

4年間過ごしたあの土地を2人とも離れてしまったけれど、旅行ついでにまた遊びに行こうか、と話して、つい先月ちょっとした贅沢をしにあの土地へ向かったのだった

 

温水プールに入る水着を選んで体型を気にして人目を気にして、泥パックを全身に塗ったお互いの滑稽な姿に大笑いし、時間をかけて色浴衣を選んで、バイキングで食べ過ぎてケーキはおかわりして、アロマオイルのマッサージに行き、露天風呂に浸かって空を見上げて、あの雲ソフトクリームみたい。ほんとだね。と話をした

どこをどう切り取っても私たちは完全に女子だった

来年30歳になってもきっと変わらない

おばさんになってもこんなことしたいねって言った

 

 

 

 

 

思って思いだして

 

運転席の目の前に芳香剤を置いた

 

車の芳香剤は苦手だったけどあの人が選んだ物ならどんな香りでも嬉しかった

 

淡い水色からとても甘い香りがした

 

 

 

エンジンオイルを交換しにイエローハットに行った

 

大切な愛車の点検をしてくれた

 

男に生まれていたら自動車の整備士になりたかったな、となんとなく思った

 

男に生まれていたらタバコをふかして大きいSUVに乗り、優しい女の人と結婚したい

 

生まれ変わるなら男がいいな

 

女でいるには可愛げもしたたかさも私には足りなかった

 

車の点検が終わるのを待っている時、自動販売機が目に入った

パイナップルジュースがひどく魅力的に目に映った

 

130円入れてボタンを押し、ジュースを取り出す

 

そんな普通の行動でも、人に見られていることを意識するとなんだか恥ずかしくなった

 

いつだって人の目が気になってしまう

自分の嫌いなところの一つ

 

冷たい汗をかいたアルミ缶を掌でぎゅっと包み込むと心が温かくなった

 

幼い頃家族でドライブして、自動販売機でジュースを買ってもらっていたことを思い出して嬉しくなる

 

すぐに飲みたかったけれどなんだか人の目が気になり、あとで車の中で1人になってからにしようと考える

 

担当の整備士さんが優しく説明してくれる

それだけでとても嬉しく感じる

 

車に乗り込み走り出すと、オイルを新しくしてもらった愛車の喜びが自分にまで感じられるようだった

 

母の誕生日プレゼントを買いにショッピングセンターに向かう

 

 

 

仕事が終わり帰って良い時間になってからも仲の良い上司と2人で職場に残り、話をしていた昨日のことを思い出す

 

誰にも言えなかったこと

自分の口から出てくる本音に泣きそうになりながら少しずつ話した

 

言葉を口から出すたびに心の重さが一つずつ軽くなっていくのを感じていた

 

今年50歳になる上司は

20代の私と変わらない目線で話をするほど若く、それでいて安心感があり、あぁ私はこんな人になりたいんだなと思った

 

今も娘たちの前で旦那に「好きって言って」って言うよ。歳なんか関係ないけんね

 

と幸せそうに言った

 

それはあまりにも素敵なことすぎて

今の自分とはかけ離れたことに思えた

 

あぁ私はこんな人になりたいんだなと思った

 

 

 

車を走らせる

 

愛車の軽と一緒に歌う

 

 

 

 

 

今日も

 

怖い。

自分の心の声を聞くのが怖い。

 

 

 

人生うまく行く時はトントン拍子に行くもんだよと言うけれど

ここ数ヶ月でそれを感じることがあって、

まだ付き合って日が浅い彼と来年の春から一緒に住んで、結婚することも見据えるようになったのだ

 

私はもうそんな年齢なのだけど

 

それでも

 

私の心の中にずっといる人がいる

それはどうやったって変えられないんだ

 

 

自分でそれを願った

一生

死ぬ瞬間までの自分の人生でずっと

彼を想っていたい

本気でそう思ったよ

高校を卒業したとき、きっとこの想いは薄れていくんだろうな、忘れていくんだろうな、とわかって

怖くなった

未来の自分に腹が立った

なんで忘れることなんかできるの?

それでもその頃

まだ10代だった自分にもわかっていたことは

後にも先にもこんなに人を好きになることはない

ということ

だからずっと忘れないでいてよ

ずっと想っていてよ

あの頃の願いは今の私にも届いていて

大丈夫だよ、大丈夫だよと思いながら

あの頃の自分の思いに縛られて苦しくなる

正直ここまでとは思わんかったよ

 

知り合わなければよかったのかな

あの人のことなんか最初から知らずに生きて

友達があの人のことを好きになったら

そんな人はやめたほうがいいと

私は絶対に止めるよ

実際私だって言われことだ

信頼する上司にあの人のことを少し話すと

その人は絶対にダメだ。

その人を選んだらあんたは不幸で馬鹿な女だと

そう言われた。

そうだよな。そうだよな。

そうだよな。

あの人のことを考えると

悲しくなって苦しくなって思い出して

それでも少し口元が綻んでしまう

 

 

 

 

耳を澄ますと聞こえてきてしまう

そんな心の本音が聞こえてきてしまう

 

 

 

あの頃の私の願いを叶えながら私は生きてる

 

大人になった瞬間

 

 

もうずいぶん前の話にはなるけれど

20歳の誕生日を迎えた瞬間、私は公園のブランコに座っていた

 

20歳になる

ただそれだけのことなのに

なんだか憂鬱で怖くて

その瞬間を部屋で迎えることが嫌で

少しでも気を紛らわそうと1人で最寄りの公園に行ったのだった

 

ただ感傷に浸りたかっただけなのかもしれないけど

これまでのことを少し考えたりした

 

真冬の真っ暗な公園のブランコに1人で座って折りたたみ式の携帯電話の画面に表示されているデジタルの時計をただ眺めていた

 

0:00

 

そう表示された瞬間

メールが何通か届いた

 

少し経って、着信があった

電話に出ると、大学でできた一番仲の良い友達の声がした。

「部屋に入れてください、、」

 

0時になった瞬間を見計らって私の部屋に来て祝おうとしたけどピンポン鳴らしても返事がなく、外で震えながら待っていたらしい。

 

最寄りの公園から走って帰った。

 

メールは地元の友からで、

長文のお祝いだった。

泣きながら走った。

 

何を考えていたのだろうか

私のことを想ってくれる人がこんなにいるのに

 

アパートの私の部屋のドアの前では、友人たちと、お世話になっていたサークルの先輩が、ケーキを持って待ってくれていた。

顔を見た瞬間また泣いた。

 

1人で公園に行っていたと話すと、

意味がわからんと笑われ、なんだかほっとした。

 

 

母親から、私が生まれてから今までのことを思い出して書いたというメールが送られてきた。

 

私はその日の夜母に電話し、20歳の誕生日に言おうとずっと決めていたことを言った。

思っていても決心しないとあまりに照れ臭くて言えない言葉だった。

産んでくれてありがとね。

少し早口でそう言うと、

あんたがそんなこと言うようになったとね、

と母は涙声になった。

 

 

20歳の記念に、と親からお金をもらった。

私はそれで3DSを買った。

姉に話すと驚愕していた。

私は20歳の誕生日にもらったお金でちゃんとしたお財布を買ったよ!と言われ、

へん、そんなものよりこっちの方がいいやい、と

当時の私は思ったのだ。

今の私はそれには到底共感できないけれど。

 

 

 

 

 

そんなことをふと思い出したのは

NINTENDO 3DSシリーズ生産終了というニュースを見たからだ

 

 

空白

 

 

人が1人死んでも次の日には忘れられるんだ

何も変わらん

嫌になる

苦しくなる

怒りが込み上げる

平気で人を傷つけてそれに気づきもしない奴が

あまりにも多すぎる

そりゃ変わらんよな何も

死にたくもなるよな

ごめんねって言いたくなる

こんな世界で

いなくなりたくもなるよな

どんだけ

苦しかったか

苦しくて苦しくて

どうかその苦しみから解放されていますように

祈ることしかできん

泣いたって戻ってこんよ

自ら命を絶った人

 

 

 

なんも思わんのかな

ふつうにしてられるんかな

なんで誰かを馬鹿にしたり

標的にしないと生きてられないんだろう

それでしか息ができないんだろう

言いたいことがあるならさぁ

名乗ってから言え

 


そんなことを思っても

何も変わらん

何も変わらんね

ほんとにね

悔しくて悔しくて

悔しいよ